全国・芝生の校庭情報






神戸市立道場幼稚園

所在地 神戸市北区道場町塩田1460
園児数 46人(年長26人、年少20人)(平成11年度)
※最も多かったのは昭和53年度の143人。

神戸市の北、三田市との境に位置する道場町は、山や田畑など豊かな自然に囲まれた町です。この道場幼稚園は昭和53年(1978年)の園舎新改築の際に、神戸市の予算で園庭を芝生化。以降の維持管理は保護者が中心になって行っています。詳しくは「芝生の園庭20年(座談会)」をご覧ください。

※カラー写真は2000年11月7日撮影。クリックすると大きくなります。

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芝生の園庭20年(座談会)

(神戸市立道場幼稚園創立50周年記念誌「どうじょう」1999年11月発行より)

素晴らしい環境に恵まれた道場幼稚園。中でも芝生の園庭は、そのシンボルと言えましょう。そこで、芝生に関わったPTA役員の方々に集まって頂き、当時の思い出や維持管理のご苦労などを話し合って頂きました。

出席者(敬称略)

昭和51、52、53年度PTA会長 大西晨夫

昭和54、56、61、62年度PTA副会長 東浦千秋

昭和59、60年度PTA会長 大北 健

平成元年度PTA会長 伊藤芳弘

平成9、10年度PTA会長 梶原宏幸

道場幼稚園園長 清水裕慶

  〃  主任・年長組担任 福井初美

  〃  年少組担任 大志万奈織

  〃  養護教諭 鈴木春絵

平成11年度PTA会長(司会) 小野景子

芝生園庭の誕生

―この緑の芝生の前は、どんな園庭だったのでしょうか。
伊藤:僕が園に通っていた時(昭和33年卒)、野芝(*1)が島のようにあって、まわりに赤土が見えていたのを覚えています。
大西:もともと芝生は、園庭の真ん中が踏んですりへり、周りに野芝がある状態でした。昭和52年に遊戯室、翌年に園舎を新改築する際、園庭が工事現場や資材置き場になりました。

―それからどのような経緯で芝生が張られたのですか。
大西:工事が終わり、園庭を現状復帰する段になって、園児が裸足になれて、転んでも怪我をしないようにと、保育優先の考えで、高麗芝(*2)が全面に張られる事になりました。

誕生から10年

―久しぶりに芝生の園庭をご覧になってどのように思われますか。
東浦:きれいになりましたねえ、こんなにきれいに広がって…。

―芝生を張った後のご苦労は相当なものだっと聞いておりますが。
大西:張ってから数年は、真ん中が凹んで凹んで大変でした。何度も目土(*3)を入れましたね。
東浦:お迎えの時によく草を引きましたよ。引きにくい草がもっと生えていて大変でしたので、小さい鎌を購入しました。
伊藤:草を引きながら、お母さん方がお話しをすることで園を中心に地域の輪が広がりとてもいい事ですよね。草引きは負担になりますが、よい点も多いと思います。
東浦:今となっては草引きをしたことも楽しい思い出です。夏休みに、役員が交代で水をまいたこともあります。一時期、芝生がかなり枯れてしまい困りましてね、ゴルフ場で機械を借りてきて刈り込みをし、マット芝(*4)を植えたのを覚えています。 大西:芝生を保護するために、園庭の一部をロープで囲い、自由に遊べなかったこともあったんですよ。
大北:昭和58年に近隣のゴルフクラブより、中古の乗用芝刈機を購入して、機械置き場も作りました。
梶原:今も、その20年以上前の芝刈機を、大切に使っています。ゴルフクラブの方が「こんな古いのは見たことがない! ブレーキもついていない!」とびっくりされていました。
大北:僕はあれに乗るのが楽しくて、週に1度は仕事の後、芝刈りに来ていましたよ。

―その頃の管理状況をお聞かせください。
大北:年に2回ほど、ゴルフクラブの方に芝生の状態をみていただき、その指導に従って管理しました。エアレーション(*5)の機械をお借りして、エアレーションの後の穴に洋芝の苗を植え込んで芝を増やしました。目土を入れるとよく増えるので毎年PTAの芝生管理費から、ダンプ2杯分の目土を入れていました。僕達のころは、クローバーを生やすのは恥と言われまして、除草剤もまきました。春先にまかないと雑草の生長が止まらないんですよ。

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